エマ王妃のサマーパレス

Aloha! 新井朋子です。

ちょうどエマ王妃の原稿を書いていました。

以前行ったエマ王妃のサマーパレス(夏の宮殿)の写真を見返していたんですけれど、こちらのブログでもご紹介しますね~~☆

 

 

エマ王妃は、カメハメハ4世のお妃様(1836年~1885年)。

エマは、生まれてすぐに養父母に育てられます。

ハワイでは養子に出すというのは一般的な習慣だったんですね。

養父はイギリス人医師だったので、幼いころから父が多くの人々を治療している姿を見て育ちました。

昔は病院がなかったので、病気の人は医師のところに通ってきていたんですね。

そういうハワイアンの姿を見て、のちに病院が必要だと強く思うようになったのです☆

 

 

20歳で、カメハメハ4世と結婚。

当時、西洋人がもたらした感染症によって、ハワイアンの人口は半減。

ハワイアンが安心して医療を受けられる病院の建設のために、4世とエマは自ら足を運んで、各地のチーフや実業家から資金を集めました。

その病院は、現在もQueen’s Medical Centerとして引き継がれています。

 

 

二人の間には、一人息子アルバート王子が生まれるのですが、4歳で突然病気で亡くなってしまいます(虫垂炎だったと考えられています)。

愛息の死を悲しみ、持病が悪化したことが原因で、1年後にはカメハメハ4世も後を追うようにして亡くなりました。

愛する息子と夫をつぎつぎに失ったエマ王妃は、悲しみに暮れました・・・その後、一生喪服を着て過ごしたそうです。

 

 

そんな悲しみにくれる王妃を、イギリスに住む友人がイギリスに招きました。

イギリス人の養父に育てられたエマ王妃は、子供のころからイギリスの絵本を読んで育っていたので、いつかイギリスに行ってみたいと思っていたのでした。

念願のイギリスを訪れた王妃は、何年ものあいだ文通をしていたヴィクトリア女王と親交を深めたり、大聖堂建設のための資金集めに尽力しました。

 

 

カメハメハ4世のあとを継いだカメハメハ5世もすぐに亡くなり、つぎに選挙によって選ばれたルナリロ王も1年弱で病死します。

そしてそのつぎの王位継承者を選出するさいに、国民と英国贔屓の人たちに推されてエマも候補者として選ばれました。

米国贔屓の人たちに支持されていたカラカウアと、国を二分する対決となりましたが、残念ながらエマ王妃は選挙に敗れてしまいます。

その後は、政治の世界から身を引いて、このサマーパレスで静かに暮したそうです・・。

 

 

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「Queen  Emma  Summer  Palace(エマ王妃の夏の宮殿)」

涼しいヌウアヌに建つ白い上品な宮殿。

ここでカメハメハ4世とエマ王妃、アルバート王子は、短い時間でしたが、幸せに暮らしていたんですよね・・・・。

素晴らしいコアの木で作られた家具、アルバート王子のゆりかごなど、ぜひ実際に見てみてください!!

 

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博物館の楽しみのひとつは、ミュージアム・ショップ

珍しい本を手に入れることもあるので要チェック!

 

 

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敷地には、赤いレフアのお花が咲いていました・・・。

オアフでレフアの花を見るのは珍しいです! 

 

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スパイダー・リリー

これは普通のスパイダー・リリーですが、赤紫色の筋がはいったものは、エマ王妃の名前がつけられていて「クイーン・エマ・リリー」と呼ばれています。

 


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